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課題5:洪水氾濫ハザード確率予測

山崎 大/Yamazaki Dai
東京大学生産技術研究所人間・社会系部門 准教授

Interview

Q1 先生のご専門について教えてください。
私の専門は全球陸域水動態といって、地球全体を対象に陸域における水の流れを研究しています。
具体的には、河川・湿地・地下水・土壌水分など、陸域のどこに、どのような水が、どのぐらいあって、それらがどう動いているのか。それを理解することを目的に、主にコンピューター上でモデルを作るという研究をしています。
例えば、川の水量が今後増えるのか減っていくのか?地下水が何週間先から何百年先までどのように変化していくのか?などが興味の対象となります。様々な陸域の水の動きを理解して、モデル化して、予測する、ということが研究の中心的なテーマになっています。
Q2 先生が開発された「CaMa-Flood」について説明していただけますか。
僕たちの研究チームではその川の水の流れ方をうまく近似することで、大変な計算を簡単に済ませ、かつローカルなモデルと比べて精度を落とすことなく、高速で効率よく計算ができることを目指してモデルを作っています。
本来は、川の水の流れというのはとてもローカルな現象です。一つ一つの河川を対象に河道の地形(断面の深さや幅)と、河道に接続をする流域の地形がどうなっているかをかなり細かく規定して、コンピューターに教えてあげて、その河川流れのシミュレーションをするような研究分野です。
しかし「CaMa-Flood」ではその元々はローカルで行われていた河川の計算を、どうやったらグローバル、つまり地球全体を対象として一括で解けるかということをテーマにして研究をしています。

グローバルな河道地形データ:(左)河道の幅、(右)氾濫原の地形 Yamazaki et al 2019 Water Resources Research より

一つ一つの河川の流れを細かく解いていくと、それこそ膨大なデータと計算量が必要なので、短い時間でシミュレーションするのが困難です。僕たちの研究チームではその川の水の流れ方をうまく近似することで、大変な計算を簡単に済ませ、かつローカルなモデルと比べて精度を落とすことなく、高速で効率よく計算ができることを目指してモデルを作っています。
CaMa-Floodを使ったメコン川氾濫シミュレーション
また、「CaMa-Flood」は水の流れを計算することで河川の洪水予測に使えるモデルと言えますが、そのモデルが色々なことにも応用ができる、ということは研究の楽しさに繋がっています。例えば、数時間から数日の近い将来の水の流れがどうなるかという想像をすると洪水予測というような応用的な研究になります。逆に水の量が少ない時は、同じ河川モデルを水資源、つまり渇水などの評価にも利用することができます。
数時間後から数日先という洪水の時間スケールの問題だけでなく、年単位もしくは気候変動まで考慮した100年単位の解析が必要になってくる問題も対象含めて、CaMa-Floodという同じモデルが違うスケールで異なる目的のために使えます。

また、地球全体の水の流れを計算できることも強みです。CaMa-Floodが関わる研究のなかに、気候システムモデル(大気の流れと海の流れと陸域の水や物質の循環というのを一緒に計算することで将来の気候変動を予測するモデル)があるのですが、その気候システムモデルの一つの要素として「CaMa-Flood」を使うことができます。気候変動が起きたら我々人間社会にどのような影響が及ぼされるのだろうかという研究だけではなくて、「気候変動を予測する側」の気候システムモデル内部のグローバルな河川を計算する要素としても使うことができる、というのが、他の河川モデリングの研究をしている方々との大きな違いになってくると思います。
Q3 今回のムーンショットプロジェクトに参加するにあたって、どのようなことを意識されてますか。
今回のプロジェクトでは、台風制御に関連をして、もしその台風を制御した場合と制御しなかった場合でどのように経済被害や人的被害に差が出てくるか、それをリアルタイムに近い速度と精度で計算することが必要になっています。
台風による影響の一つとして、河川の洪水というのが大きなリスクになりますので、「CaMa-Flood」の高速かつ高精度なシミュレーションを活用して、リアルタイムの確率的な洪水被害の予測という面で貢献できるのではないかと考えています。

ただ、そのためには今の「CaMa-Flood」では、十分な能力は持っていないと考えています。人間の社会では、堤防やダムを作って洪水への備えをしています。先進国の整備が進んだ河川では、100年に一度とか50年に一度の洪水ですと川の水が増えるというハザードは起こっても、堤防やダムがあるおかげで人間社会にとっては影響がほとんどないというような状況が発生します。しかしながら、現在の「CaMa-Flood」には、堤防やダムの洪水防御データが十分に入っていないので、経済被害や人的被害を過大評価してしまう可能性があります。
そこで、河川の整備状況にくらべて規模の小さい50年、100年などの確率の洪水の被害を、より精度よく計算するために堤防やダムといった洪水防御設備を「CaMa-Flood」の中でしっかりと表現する必要があると考えています。様々な台風制御を実施した場合の予測というものは、いろいろな確率規模のハザードを想定しなければならないので、規模の小さい災害が予測されるケースについてどのぐらいの被害が想定されるのか、それをより詳細に明らかにしていくことがこのムーンショットでも課題になると考えています。
Q4 ムーンショットの大きなテーマとして、気象制御があります。まだ実用化されていない未来の技術に「CaMa-Flood」が加わることで、どのような展開があると思いますか。
気象制御とか、台風制御それ自体が技術的に行えるようになったとしても、社会的にこの制御を実施して良いかどうか、合意を得られていないと新しい技術を使えないという問題が起きてくると思います。
台風自体を制御することによって、勢力が弱まるだけだったらいいのですが、ひょっとしたら進路が変わってしまって本来の自然状態とは別の地域で被害が出てくるケースも発生すると考えられます。
そのような時に、どのぐらいの被害規模が制御前では見積もられていて、制御後だとどの地域で被害が減ってまた別の地域でちょっと増えるところがある。そういう問題、つまりプラスマイナスを全部加味した上で、台風制御というものが社会的に受け入れられるかどうかということを検討していかなければなりません。
その問題を実際にその技術が発展する前の段階で調べて、議論をしておく必要があると思います。
実際に気象制御を行うという前に、どのようなシナリオを考えておくべきかという点で、「CaMa-Flood」で高速で様々なシナリオの実験ができますので、制御した場合しない場合どのように、誰が、どういう被害を受ける可能性があるのか、というのをシミュレーションすることによって、どのようなケースだったら台風制御が受け入れられるのかというようなことの議論につなげられるのではないかと考えています。
Q5 今後の先生の研究は、どのように展開されていくのでしょうか。どのようなことをしたいと考えていらっしゃいますか。
今の気象制御に関連する部分で言いますと、先ほどの質問とも関連してきますが、気象予測は、どのような状態でも不確実性が伴うものですので、その不確実性を伴った状態で意思決定をするというのは人間にとってはとても辛いことだと思います。
悩みながら意思決定をしなければいけない、という状態を、モデルのシミュレーションを通して意思決定の根拠となる数字をしっかり出してあげることによって、難しい判断であっても科学によるサポートで客観的に意思決定ができるような世界を作っていけると、社会がより不確実性を扱える社会になっていくと思うので、人類にとっても良いのではないかなと考えております。
Q6 ムーンショットの目標年である2050年は、どのような世界になっていると思いますか?
より自分たちがやりたいことを素直にできるような社会になっていると良いなと思います。
2050年になると、洪水の被害予測、または洪水だけではない様々な気象災害の被害に予測に必要なデータ、シミュレーションの技術が確立されて、手に入りやすくなってきていると思います。
そのため、今は精密に被害の規模まで予想するのは結構難しいんですけれども、その部分が達成されて、どのような規模の災害であっても、事前にどこでどのぐらいの被害があるか、どのような対応すればいいか、というのが分かっている社会になっていると嬉しいなと思っています。 また僕の関連する気候変動の研究分野ですと、パリ協定でカーボンニュートラルが実現されている時代ということになっていると思います。
気候変動に関する技術的な問題と社会的な問題の両方が解決をされて、人類がカーボンニュートラルを実現して、例えば、温室効果ガスの排出に悩むことなく自由に旅行ができるようになるとか、自由にエネルギーが使えるようになるとか、そういう社会になっていると良いかなと思っています。
人間というのは、我慢をしながら生きるというのはとても辛いもので、いずれ限界が来てしまうものです。
今も、気候変動対策でいろんなものを削減しないといけない、こういう活動は良くないからやめなければいけない、そういういろんなその制約がある中で日々の生活をしていると思います。
そういう制約は技術的に解決されて、より自分たちがやりたいことを素直にできるような社会になっていると良いなと思います。

ありがとうございました。
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