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課題3:気象-社会結合系の不確実性定量化

澤田 洋平/Sawada Yohei
東京大学大学院工学系研究科総合研究機構 准教授

Interview

Q1 先生のご専門について教えてください。
私の専門は、洪水や干ばつといった水災害の予測についての研究です。
ムーンショットプロジェクトとしてでは、「データ同化」と「不確実性定量化」という統計数理に関する技術について研究しています。 「データ同化」というのは、コンピュータシミュレーションと現場の実測データを融合させる技術です。 コンピュータシミュレーションというのは、いわばコンピューターの中にもう一つの地球を作って、それを動かしてあげることです。現代において地球の未来を予測するには不可欠な技術ですが、あまり正確ではないという欠点があります。
当然ながらコンピューターの中に作った地球は、本物の地球とは違います。そのため、どうしても解析結果は現実とはズレが出てきます。現実に即した本当に信じられる正確なデータというのは、現場で取ったデータです。
しかし、洪水や干ばつという水災害は、大自然で発生するために、全部こと細かに観測することはできません。例えば東京のこの地点の気温という部分的なことしか分からないわけですね。
こうした両者の欠点を効率よく補うことができる技術の一つがデータ同化です。最先端のシミュレーションと、最先端の観測データをうまく融合させてより良い予測をする手法全般をデータ同化と言います。


図:東アフリカでの農業干ばつ監視・予測
もう一つの「不確実性定量化」は、予測した時にその予測の不確実性、どのくらい信頼できるかということを数値で表現する技術です。
これは、大きく4つのタスクに分けることができます。
第一に、不確実性がなぜ、そしてどこから生じているのかを理解することです。第二に、予測の確実さを数値化することで、その予測にどのくらいの不確実性が生じているかを明らかにする。そして第三に、予測の不確実性を小さくすることを目指します。しかし、不確実性がゼロになることはなく、未来の予測は必ず不確実性を含んでいます。私たちは不確実な中でも何らかの決定をして行動します。最後のタスクは、不確実な予測を用いて意思決定をどのように行うかを科学的に指南するということです。
この4つのタスクを効率よく「リアルタイム」に解くことが重要です。つまり、後になってからこうすればよかったね、はダメ。今、この瞬間でうまく解くということが重要です。
Q2 先生のウェブサイトに「社会気象学」という言葉が出てきます。ご自身の研究と「社会」を結びつけて研究をされるきっかけは何でしょうか。
まず前提として、災害に関係する研究分野では、自然と社会を分けて考えることはできないと理解する必要があります。
誰も人が住んでいない地球が存在したとしたら、そこに台風があろうが竜巻があろうがそれは災害とは見なされないでしょう。自然が人間活動に影響を及ぼすから、それを災害と呼ぶわけです。
一方で、人間も洪水に対処するためにダムや堤防を作るなど、自然に対して影響を及ぼしています。ゆえに、自然と社会は分けて考えられるものではなくて、自然は社会に影響を及ぼす、そして社会も自然に影響を及ぼすと考えるべきだと思っています。
おそらく、私だけではなく、世界中の多くの研究者が同じように考えていることでしょう。私たちは、気象学者も自然と社会の相互作用についてもっと考えていくべきだと感じています。気象学者の最終的な社会に対する「出口」は天気予報ですが、天気の様子をうまく予報できたら満足かというと、必ずしもそうではありません。天気予報を通じて人の行動を良くしたい、すなわち社会を動かしたくて天気予報を出すわけです。
となると、社会との相互作用の中でどういう天気予報をするべきかという問いに行き当たります。
天気予報も存在する中で、堤防やダムといった他のインフラをどういう風にとらえるべきかといったこともトータルで考えていく必要があり、そういったものを社会気象学と呼んでいったら良いのではないかと私や仲間たちは思っています。
また、日本は非常にコンピューティングが強い国で、スーパーコンピューターを開発するプロジェクトが強力に展開されています。特に気象や防災に用いることのできるコンピューティングリソースはとても大きいと思います。
ただ一方でそれを使いこなしてどのように社会を良くしていくかについては、まだ見えてない部分が多いように感じています。膨大なデータをどのように社会に生かすかということを追及していく点においても、社会気象学の必要性と可能性があると考えています。
こうしたことを考えるきっかけになった最大の理由は、やはり「面白い」からです。絶対解けそうにないと思うほど難しいことは、面白い。
こうした難しい問題を解くということを私自身もやっていきたいし、今の学生もぜひエキサイティングなトピックだと思って取り組んでほしいと思います。
Q3 今回の気象制御をターゲットとしたプロジェクトに課題推進者の一人として参加するにあたって、どのようなことを意識してますか。
先ほど申し上げた通り、予測の不確実性は永遠にゼロにはなりません。
今回のプロジェクトで何らかの優れた気象制御が確立したとしても、その制御によって何が起こるかという帰結までを予測する場合、そこには必ず不確実性が生じます。
単純に、気象学的にこうすれば台風が弱くなる、逸れるなどということではなく、気象制御の結果が社会に何をもたらすかまで推定しようとすると、やはり大きな不確実性が残ります。この大きな不確実性をまず正しく理解しなければ、気象制御が世の中の役に立つということはないと考えています。言い換えれば、不確実性への理解が我々研究者の領分であり、正しく不確実性を評価した中で、どのような社会的意思決定があり得るかということについて、明確な指針を示す必要があると思っています。
そういうところに、課題推進者として貢献できればと良いですね。

図:災害予測の高度化:2015年鬼怒川洪水事例において理想実験・実観測実験ともに降水量を用いた最適化で河川流量予測が改善
Q4 社会的意思決定を支援するということですが、現時点での研究の壁としてはどのようなことがありますか。
単一の予測を出すのに比べて、その予測がどのくらい不確実かを推定するのはとても難しいことです。何百倍もの計算量が必要になります。
例えば、富岳など現時点で最新鋭のスーパーコンピューターであっても、気象のような複雑な現象の不確実性を網羅的に定量化するというのはかなり困難でしょう。
未来にはもっと優れたコンピューターが出てくるだろうと期待して待つこともできますが、やはりそこを克服するのは研究者のアイディアです。
もっと効率の良いアルゴリズムを考えるとか、私たちにとって本質的な不確実性は何なのか考えるとか。社会科学との連携で、突き詰めて集中的にアイディアを出していく必要があるかと思います。
Q5 気象制御技術に「社会気象学」の観点が加わることで、今後にどのような展開があると考えていますか。
私たちのプロジェクトが目指している気象制御で実現したいのは、単純に台風の勢力を弱めるというようなことではなく、より良い社会を導くということが目標だと考えています。
そうなると、「より良い社会とは何か」という疑問が出てくると思いますし、それが定義されたとしても、非常に複雑な不確実性がある中でどのように自然へ力を加えるとより良い社会が実現できるのかという問題についても、真剣に考えなければいけません。
そしてそれは、居心地の良い自然科学の箱の中でうずくまっているだけでは、決して解決できない問題でもあります。
社会気象学のような、より広いフレームワークの中で問題を解いていくことが大事だと考えています。
Q6 2050年に気象制御が実現していると仮定して、そこはどんな社会になっていたら良いと思いますか。
何もかもがコントロールできるようになった時、私たちはこの社会をどのようにデザインすべきか、この点を問われることになると思います。
例えば気象制御の精度がどんどん上がっていって、気象がコントロールできるとなれば、人類の全能感のようなものは確実に上がるでしょう。
制御能力を獲得すると同時に、制御能力の下にあっても面白いと思える人生を一人一人が送れる社会を作っていくのは、ある意味難しい問題に思えます。
こうした問題が、2050年ぐらいに活発化するのかなと考えると、一人の学者としては大変エキサイティングだと思います。
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